Masukアザリア要塞の防衛は見事に成功したんだけど、レオンの評判はとくに上がらなかった。「三千の敵を一蹴ってすごくないです? もっと褒め称えましょうよ」「まあまあメグ。白騎士レオンならこのくらやって当たり前と思われてるのよ」絵入り新聞の記事をみて、ぷりぷりと憤慨する私を、どうどうとイヴォンヌがなだめる。 マルグリットイレギュラーズの本拠地である豪壮な屋敷。 もともとはイヴォンヌの家の持ち物である。騎士マルグリットの軍師にイヴォンヌが就任した祝いに、伯爵家からプレゼントされた。 さすが爵位持ちの貴族、気前が良いよね。「ものすごい名臣なのに、一枚の感状ももらったことがない、なんて人物もいめからね」「また遠い世界のお話ですか?」「そうそう。彼ほどの人物なら余人に勝る働きがあって当たり前。それをいちいち称揚するのは、かえって失礼にあたるって君主が言ったそうよ」「んんん……? 美談っぽく聞こえますけど……」 私は首をかしげた。 すごい人なんだからってたしかに褒めてるけどさ。それと褒美を出さないのは別の次元のお話じゃないかしら?「さすがわたくしのメグですわ。この策の欠点を一瞬で見抜きましたわね」「私はイヴォンヌのものだったのですか……」「細かいことはいいのよ」「いいんだ……細かいんだ……」「ともあれ、この美談は主君と臣下の固い絆があってはじめて成立するものなのよ。そして民衆がその絆を知っているから宣伝効果もあるの」 ふふんと胸を反らすイヴォンヌ。 私のポジションについては訂正するつもりはないっぽい。名義の上では、私はレオンものなんですけどね。 偽の恋人だけど。婚約もまだだけど。「現状だと国王陛下のみならず、民衆がそう思っちゃってるわ。白騎士レオンなら国境の小競り合いごとき、勝って当然って」「ごときて……相手三千ですよ?」 口で言うのは簡単だけど、実際に五百の敵兵と対峙した今なら判る。どう考えても楽勝なわけがないって。「下馬評なんてそんなものなのだけどね。ただ、メグがいうようにこれはいかにもまずい事態なのよ」 豊かな胸の前でイヴォンヌが腕を組む。 勝って当然という空気は、そのまま敗北に繋がるくらい危険なのだそうだ。「レオンなら勝って当然。当然なんだから兵の補充も物資の補給もいらないよね。相手が十倍? それでもレオン
「軍師デヴィッド。工作部隊からの定期連絡が途絶えました」 ランドール王国軍の心臓部である軍務省の一角に、彼のオフィスはある。 肩書きは全軍の半分を指揮する左将軍なのだが、部下も上司も相変わらず軍師と呼ぶし、デヴィッド自身も違和感なく受け入れていた。「失敗したか」 淡々といったものの表情は苦い。 トゥルーン王国の東部地区、セムリナ界隈にはたいした兵力はない。 無理して奪うほどの戦略的な価値がないため、外敵に備えた戦力配置をしていないからだ。 郡都を預かるルーベラ子爵にしても、昼行灯という評価がしっくりくる老人で、おおよそ有事に役に立つ人材ではない。 だからこそ工作場所に東部地区を選んだのである。 価値がなくても反乱が起きれば対応しなくてはならず、それがトゥルーン王国を物心両面から圧迫するはずだった。 すなわち、侵攻作戦の勝算がぐっとあがるということである。 たかが百名程度の工作部隊で。「詳細情報を集めてくれ。まるっきり失敗するというのも少し考えにくい」「了解しました」 敬礼を残して去って行く副官の背中を見つめるデヴィッド。軽く頭を振って不吉な想像を打ち消した。 郡都セムリナに配置されている兵力は、五百から六百と推測されている。さすがに全滅はない。 そもそもそうならないための遊撃戦である。 本拠地を特定すること自体が至難なのだ。 たかが五百の兵で山狩り不可能で、無理に実行すれば各個撃破すれば良いだけ。 そうなったときの策も授けてある。 現状、考えられるとしたら村人たちが思ったほど従順ではなくて支配に手間取っているとか、反抗されて双方に被害が出てしまったとか、そういう事態だ。 対応に手一杯になってしまい定期連絡をする余裕がなくなった、というあたりが健常な予想だろう。「ただ、あまり手間取るようなら引き上げさせるべきだろうな」 独りごちる。 重要な作戦ではあるが、こだわりすぎてはトゥルーン王国の疑念を招いてしまう。 退くべきタイミングを誤ると、作戦全体に支障をきたすことになる。 二手先を考えるのはデヴィッドの有能さであったが、じつはそれすらも遅きに失していた。 工作部隊が完全に全滅し、ただの一人も生存者がいないという報告を受けたのは、十日ほど後のことである。 ちょうど食事中だった彼が食器を取り落としてしまうほど、それは
王都へと戻る私たちに同行を申し出る者がいた。 リットをはじめとしたセムリナ近郊の若衆、十八名である。 家臣にしてほしい、と。 たしかに騎士家には家臣団がいる。私の実家だってそうだ。 でも私個人は準騎士だし、どっちかっていうと名誉職だし、そんなことまったく考えてこなかった。 今回の東部地区視察だって、イヴォンヌの家から人員が出てるし。「考えてみたら筋としてはおかしいのよね」 イヴォンヌも迂闊だったと笑っている。 親友に力を貸すのは当然、という理屈は貴族社会では通らないからね。 騎士マルグリットの公務を、どういう根拠でリーテカル伯爵家が手伝うのかって話になってしまう。「よし。わたくしもメグの家臣になっちゃおう」「いやいや。いやいやいやいや」 わけのわからん申し出に、私は顔の前で両手を振る。 あんた私よりずっと身分が上じゃないですか。「上じゃないわよ。わたくし自身は無位無冠だもの」「く……そうだった……」 伯爵令嬢というのは公的な地位じゃない。 敬われたり畏れられたりするのは、あくまでも後ろにある実家の存在だ。 これはまあ、私たちみたいな騎士の娘って身分もそうなんだけどね。 でも、いまの私は準騎士だから官位が存在する。 宮廷序列でいうと下っ端も良いところで、伯爵の地位からみたらゴミみたいなもんなんだけど、それでも「貴族の娘」という曖昧な立場の人よりはずっとずっと上だ。「わたしくがメグの家臣になっても、序列的にはまったく問題がないのよ。伯爵家がバックアップする口実も整うしね」 なんという論理のアクロバット。 でも明確な反論もできないので、私は頷くしかなかった。「じゃあ家臣団の筆頭で、役職は軍師でお願いします」「やった。ついに軍師の称号を得たぞ」 喜んでる。 なにが嬉しいのかまったく判らない。 軍師とか参謀とか呼ばれる人って、どこの家臣団にもひとりはいると思うんだけど。「イヴォンヌなら、王国軍の大軍師にでもなれそうですけど」「は」 すっごい鼻で笑ってる。 ソーソーに招かれるより、リュービに三回訪ねてもらった方が嬉しいじゃない、と。 また判らないネタをぶん回すし。 そもそも私、軍師になってくれって頼んでないじゃん。 押しかけ軍師じゃん。「なによメグ? わたくしはいらないの?」「そんわけないじゃないです
山なりの軌道で飛んできた矢を、敵兵たちは盾をあげて防ぐ。 機先を制された格好だけど、まだ距離があるから致命的な一撃にはならない。 まずはこれを防ぎきって次の手を考えようって感じかな。 でも、そんな時間をルーベラ子爵は与えなかった。 あげていた盾をおろしたとき、敵兵の目に映ったのは至近距離まで接近した騎兵隊だろう。 ちょっと表現しようがない音が響き、人間がはじけ飛ぶ。「うわ……」「実際に戦場を見るのは初めてだけど、これはなかなかね……」 扇子で口元を隠したイヴォンヌの呟きである。 心の底から私は頷いた。 距離があるから臭いまでは届かないけど、吹き上がる血しぶきや千切れ飛んだ手足がはっきり見える。 これで気分は上々って感じには、なかなかなれないだろう。 なんで兵士のみんなは平気なんだ? 正直、ちょっと吐きそう。「戦場とは絵物語の対極にあるものだ。だからこそ騎士マルグリットには憶えておいてもらいたい。兵は不祥の器なのだと」「……肝に命じます」 馬を寄せてきたルーベラ子爵に私は深く頷いた。 不祥の器、つまり不吉な、ない方が良い道具ってこと。 そりゃあ暴力機構だもんね。 でも国を維持するために軍事力は必要で、なくすることはできない。「ようするに必要悪ってことよね」「はい。イヴォンヌ」 軍隊がなくなれば、ならず者が徒党を組んで襲いかかってきても対抗することすらできないからね。 力ってのは必要なんだ。 でも、それは簡単に悲劇を生んじゃう。 現在進行形でトゥルーン王国軍に蹂躙され、殺されていってる敵兵たちだって、国に帰れば家族がいるだろう。 好きでこんな任務に従事していたわけでもない。 だけど私たちにとっては敵だ。近隣の村人たちにとっても子供や奥さんを人質に取った、とうてい許せない連中である。 彼らにも家族がいるんだから、なんて都合の良い言葉で許すことはできない。「戦略の面からもね」 とは、私の思考の軌跡を読んだのか、イヴォンヌの言葉だ。 ランドールの策略かルメキアの謀略かは判らない。ランドールの剣を使っているからランドール軍だって考えるのは、ちょっと短絡的すぎるだろう。けど、ここで彼らが全滅してしまえば、本国がそれを知るまで時間がかかる。 起こるはずだった反乱を未然に防ぐことによって、トゥルーンが戦争に負ける可能
堂々とした進軍だ。 子爵が指揮する郡都セムリナの精兵が五百と、中心部で芦毛の馬に乗った私。横には黒鹿毛の馬を操るイヴォンヌ。 あと、一応私たちを守る護衛兵が十五人。 なので、実際は五百人より少し多い。 その後ろをぞろぞろと輜重隊が続く。 糧食や物資などを運搬しているのだ。 街門の外まで人が溢れ、声援で見送ってくれる。 「いやはやすごい人気だな。騎士マルグリット」「私ではなく、盗賊退治というお題目がまず良いのでしょうね」 馬を寄せてきたルーベラ子爵に私は微笑する。 この人、六十代なのに戦場に出るんだって。 元気すぎるよね。「なんの。儂らだけで退治に出かけてもこんなには盛り上がらん。騎士の中の騎士、庶民の味方たるマルグリットがいるから盛り上がるのだ」 呵々大笑する。 まあ、人気取りってのも私の仕事ではあるんだけどね。 だから決戦場になると目されている名もない平原でも、私の出番はない。 本陣で、目立つように馬を立てているだけ。「ただし、敵兵がなだれ込んでくる可能性もないわけではない。油断するでないぞ。騎士マルグリット」「はい。でも本当に野戦になるのでしょうか」 頷きながらも、私は疑問に思ったことを口にする。 洞窟に籠城か、平原で野戦か、とっとと逃げ出すか。 この三つしか選択肢がないのだと聞かされている。人質を盾にして交渉を迫るって可能性はないんだそうだ。 というのも、人質に価値があるのは近隣の村に対してであって、王国正規軍ではないから。 逆らったら人質を殺すぞってーなんて言ってるうちに、人質ごと射殺されちゃうのが関の山。 無情なようだけど正規軍が動くってのはそういうことなんだ。 だからこそイヴォンヌはリットたちに正規軍動くの報を喧伝させたのである。 人質の価値をなくするためにね。「価値がなくなった人質が殺される可能性があるから、すぐに進発したのよ」 イヴォンヌが笑う。 こうすれば絶対に人質は安全、という策はない。 つねに命の危険にさらされているのだ。 だから人質なんかにかまってられるかって状況にしてしまう。 五百人、概算で五倍の軍勢が接近してるってときに、人質を殺してる余裕なんかない。 戦うにしても逃げるにしても、やることがいくらでもあるから。「籠城はないとイヴォンヌも読むんですね」「意味がないからね
さほど長くない会談の後、ルーベラ子爵は協力を確約してくれた。 ランバードかルメキアの謀略だろうって見解には目を丸くしていたけどね。「相手が意味不明な行動をとるというのは、こちらの想像を超える馬鹿なのか、なにか思惑があるのかどちらか。イヴォンヌ嬢は後者だと読むわけだな」「子爵閣下は違いますの?」「いいや、同じだよ。盗賊の被害としては規模が小さすぎることは儂も気になっていた」「盗賊のやり口じゃあありませんわ。むしろ」「新しい支配者が統治の初期段階でやりそうなこと、だろ」 にやりと笑みを交わす伯爵令嬢と子爵。 なんかこの人たちすっごく怖い。 ともあれ、盗賊団の皮を被った工作部隊は、人質によって農民たちを縛っている。 これは第一段階なんだってさ。 ここからだんだん支配を深めていって、最終的には兵隊にしてしまう。 イヴォンヌは洗脳っていってたかな。 それが反乱ってかたちで現れる。 しかも反乱が鎮圧されちゃっても、黒幕としてはまったく痛くない。トゥルーン王国の動きを妨害できれば充分なのだ。 ちょっと悪辣すぎて言葉が出ないよね。 ようするに、鎮圧されて民たちが殺されても知ったこっちゃないってことだもん。「人間のやることじゃありません」 私はふんと鼻息を荒くした。「……さすがは騎士の中の騎士。視線はつねに民に向けられている」 一拍おいて子爵が微笑する。 感心したような顔だけど、私なにか変なこと言ったかな?「民を犠牲、というか手駒として使う戦略は、じつはけっこうあるのよ」 ほろ苦い表情のイヴォンヌだ。 軍略としては珍しいことじゃないんだって。 もちろんけっして褒められることではないんだけど。「万の軍勢で決戦するより、敵国の民を苦しめた方が楽だし効率が良いと考える者がいるのだよ。騎士の風上にもおけぬがな」 吐き捨てるようにいう子爵だった。 騎士っていうか、人間の風上にもおけないよね。 郡都セムリナでは式典に参加したり、商工組合の人たちと懇親会をおこなったり、民たちからの陳情に耳を傾けたりと、けっこう忙しく過ごしていた。 そして四日ほど経ったころ、代官の屋敷にリットが姿を見せた。 彼だけでなく近隣の村々を代表する若者とともに。「大軍師さま、聖騎士さま、こちらの準備はととのいましてございます」







